バルト三国の旅・・(17)



杉原記念館をあとにして

向かった先は










杉原千畝が出国時に利用したカウナス中央駅

駅舎自体は大戦中に破壊され

その後再建されたものですが

杉原千畝が1940年9月4日に

リトアニアを発った際に利用した駅として現在では記念碑が設置されています











杉原千畝はユダヤ人たちへのビザを

寝る間も惜しんで書き続けたのですが

ソ連からの退去命令を受け1940年9月4日

列車でカウナスを後にすることになります

ビザを求めるユダヤ人は途切れる事なく

杉原千畝は列車の中でさえもビザを発行し続け

列車が動き始めてもうビザが書けなくなった時・・


許して下さい

私にはもう書けない

皆さんの無事を祈っています



と頭を下げたそうです

記念館のビデオで思わず涙したのはこの場面でした・・

ホーム側の駅舎の壁には

2015年9月に杉原千畝を讃えるプレートが

75周年の節目に合わせてカウナス駅と

メトロポリスホテルに設置されました

メトロポリスホテルは車窓からみただけでした・・


続く





バルト三国の旅・・(16)




2018年5月22日(火) 雨のち晴れ


朝・目覚めると曇ってて

今にも雨が降ってきそうな空

朝食のレストランに向かう前に外にでると

パラパラと・・

今回の旅はじめての雨・・

長期予報では

数日は雨になる予報だったのでしかたない・・

8時・・ホテル出発

カウナスへ・・

約102km・・1時間30分のバス移動

途中雨が本降りになってきた

カウナスに入ると少し小ぶりに











9時31分

旧日本軍領事館であった杉原記念館

杉原記念館は

狭い道路を入った小高いところにある高級住宅街の中に・・

すでに日本のツアーが来ていて

狭い道路にバスを止めるのが大変・・

その頃には

雨はすっかり上がって・・













希望の門・・命のヴィザ・・

と書かれています

中に入るとまず杉原千畝の生涯をまとめた

15分ほどのビデオを鑑賞・・













杉原千畝が

1939年に領事館代理として赴任した時

ドイツではユダヤ人排斥の機運が高まっていました

1940年7月・・

朝6時という時間にも関わらず

領事館の門前に人だかりができていました

彼らはポーランドから逃れてきたユダヤ人・・













オランダ領の島やアメリカ大陸へ

ソ連を経由して行こうとしていた彼らは

日本の通過ビザを必要としていたのです

領事代理であった杉原は

ビザ発行許可を得るため日本本国へ打診したのですが

日独の協定があったため

ユダヤ人にビザを発行することは問題であったため

「否」と突き返されたそうです













当時の外交官執務室を再現した執務室


しかし

日々増えていくユダヤ人をみて

杉原は日本に背いてビザを発行する決断をしました


私を頼ってくる人々を無視するわけにはいかない

でなければ私は神に背くことに・・



その後約半月の間

彼は昼夜を分かたず

ペンが折れ

腕が動かなくなるまでビザを書き続けたのです













そのような中

リトアニアへのソ連の侵攻や

大使館の閉館通達といった緊迫した情勢となっていきました

杉原はベルリンに向かうことになったのですが

その列車の中でまでもビザを書き

窓から手渡したと言われています

発行されたビザの数も1600に及びました・・

これによって

実際に日本を経由し第三国に渡ることのできたユダヤ人は

ビザは1家族につき1枚あればよかったため

6000人を超えると伝えられています













イスラエル政府による

「諸国民の中の正義の人賞」を受賞した杉原氏は


外交官としては問題だったけれど間違ってはいなかった


とのコメントを残しています













カウナスの杉原記念館では

日本語のガイドブックや解説本を販売していました

また包装紙に杉原氏の写真が印刷された

板チョコレートを売っていました





いろいろ調べていましたら


こんな記事を・・


一部抜粋いたします



杉原千畝氏の息子さん杉原伸生氏・・


父に「なぜユダヤ人助けたの?」と聞いたことがあります

すると「かわいそうだから」その一言です

別に自分が英雄になろうと思って人を助けたとか

手を貸したとか、そういうことではなかったんです

ある日突然、ユダヤ人が20人、30人領事館の前に来て立っていた

「自分の家族はみんな殺されて、自分たちも殺される。どうにか助けてください

自分はよその国に逃れなければならないけれども

まずお金もビザも発給してくれない

今残っている方法はシベリア経由で日本に渡り

日本から他の国に逃げることだけです」

そこで父は外務省に何回も電報を打って聞きましたが

いつも条件を付けてきて

それから日本に保証人がいないといけない

その次に日本のビザを持ってなきゃいけない

それを全部持っている人なんて、もうとっくに逃げてますから

わざわざ父の所に来ないです

外務省は、無理難題を突きつけて、ビザを出せないようにしているわけです

そこで、もう自分の判断で2,139枚のビザを書いたんです

ですから本当に「かわいそうだから」の一言しかないんです

命がかわいそうだから助けてあげたんです

それで、自分がどうなるかと言うと、日本に帰ればクビになる

実際、父は1945年の終戦のあとにソ連に抑留されて

2年ぐらいシベリアに行きました

そのあと日本に帰り、外務省に呼ばれ

「お前わかってるだろう? なんで辞めてもらうか」

と退職をすすめられました

外務省は人員整理と言っていますけど

本当は「役人のいうことを聞かない人間は外務省ではやっていけない」

という理由なんです

自分が信じること、信念、正義を貫くことが杉原千畝です

非常に人間として頑固ですが、一度思ったことは必ずやり遂げる

一度言ったことは必ず守る

そういう昔のサムライというか古武士。そんな人間でした

イスラエル大使館から「杉原千畝という人を探しているから

ちょっと大使館まで来てくれ」と電話がありました

しかも、その人は父からビザをもらった家族の子供だったんです

その時のスタンプがあるので杉原千畝という人を探していた

でも、外務省に何回聞いてもそういう人はいないと言われ

やっと見つけたらしいです

当時、助けられた子どもですが、その人が外交官になり

東京のイスラエル大使館に務めるようになった

それで初めてその人から

私たちは何千人もいてポーランドから逃げてきたけど

他の家族もみんなナチに殺された

でも「この杉原さんのビザのおかげで命を救われた」と

そのことは僕も初めて聞きました

ですから、父や母から子供の時はそういう話は聞かされなかったです

一応外交官であることだけは聞いてましたけど。




私は2007年4月20日(金)~5月1日(火)

友人とクマさんと4人でポーランドへ行きました

その時

アウシュビッツやビルケナウで・・

人間ってここまで残虐非道になれるんだ・・

人間をゴミのように扱えるんだと

自分の目で見て感じてきました・・


その時のブログは・・ここ・・


ご興味のある方はご覧になってください・・




続く・・




バルト三国の旅・・(15)



聖アンナ教会をあとにしてバス移動です












車窓から丘の上に

3つの十字架が見えます











17時30分

夜明けの門・・

城外から見た夜明けの門

元来9つあった城門のうち

現在残っているのは夜明けの門だけです













夜明けの門の城外側のファサードには

リトアニアの紋章である白い騎馬像を中央に

ギリシャ神話に登場するグリフィンをモチーフとした

ルネサンス様式の装飾が施されています

リトアニアの紋章は今でこそ珍しいものではありませんが

ソ連時代にはここでしか見られなかったものです・・

城門らしく防衛に使われた5つの丸い銃眼が

いまだに残っています












夜明けの門は

ヴィリニュスに現存する旧市街の城門で

聖母マリアに捧げた美しい礼拝堂と祭壇を有しています・・

1993年には

ローマ法王ヨハネ・パウロ2世も祈りを捧げました

左に入り口があります












門の内部に入ってすぐのところに

十字架が・・

内部はカメラ禁止

階段を上がって行くと

小さな礼拝堂になっていて

一心に祈りを捧げている信者が

ここにある聖母のイコンは

奇跡を起こす力があると今も信じられています












正面の丸い窓から聖母のイコンが見えます











奇跡を起こす聖母のイコン

イコンは1363年にアルギルダス公が

クリミア半島に遠征したさい持ち帰ったものだといわれています

また別の説ではバルボラ妃をモデルにして

描かれたものだともされています

壁一面には治癒や幸福を願って捧げた銀細工が・・












バスに戻って夕食のレストランへ

画像の中に

座り込んだ男性の足が写ってるのわかりますか・・

手や足がなかったり

酷い皮膚病にかかったりした方が

あちこちにこうして座っているのを見かけました

ほとんどが男性だった・・











17時53分・・

レストラン・・BASILICO

まずは麦酒で


(≧∇≦)/□☆□\(≧∇≦ )カンパーイ!!


よく冷えてて美味しい・・


”(*>ω<)o"クーーッ


たっぷりのサラダ・サーモン・デザート

デザートは甘すぎず美味しいです

パンがない・・

何故か夕食にはパンがついてきません・・

それでもお腹いっぱいになる・・

カロリーが高いのかなぁ・・


















19時・・

ホテル・エコテル・ビィリニュス

お部屋は狭いけど清潔です

バスタブ付きのお風呂だし・・

でも・・でも・・

なんで???????

洗面所の鏡

高すぎて見えへん・・


うーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ


踏み台が欲しい・・

このあと

ホテルから徒歩8分くらいのところにあるショッピングモールに

広い通りに出てまっすぐ・・

通り沿いにありました













Einkaufszentrum Europa

大きくて綺麗なモール・・

ブランドのお店もはいってました・・

中にあるスーパー目指して進みます

店内を


o(- ̄*o))))...ウロウロ...((((o* ̄-)o


何が欲しいということもなく

地元の食材を見て回る・・

これが楽しい・・

チョコレートもたくさん並んでいましたが

連日の暑さ・・

とけるのを懸念して最後にすることに

物価は平均してお安いかな・・

お野菜や果物はキロいくらの量り売りで

ほしいだけ袋に入れてレジへ・・

今日・歩いた距離・・11キロ

15700歩・・


続く・・



バルト三国の旅・・(14)











聖ヨハネ教会に別れを告げて

移動です











歩いてるだけでワクワク・・

路地を覗いてみたり

ちょこっと入ってみたり・・











ここで

40分のフリータイム・・

お天気が良くて日があたるところにいると


ε-(´o`;A アチィ


日陰に入るとひんやりして気持ちいい・・

アイスをゲットして・・

クマさん一休み・・











レンタサイクルもカラフルで可愛いね・・

この街の石畳・・

リガより歩きやすかった・・

あまり凸凹してないでしょ・・











フリータイムはあっという間

さあ・・

歩くよぉ・・

見えてきたのは・・











右側に写ってる赤レンガの教会は

ベルナルディン教会

今回はベルナルディン教会の見学はなし・・











聖アンナ教会

15世紀末に建てられた後期ゴシック様式の教会です

建設には33種類もの異なった形のレンガが使われていて

炎のような躍動感あふれる外観は

フランボワイアン(火焔式)ゴシック建築の傑作と・・

長い歴史の中で破壊と再建が繰り返されたヴィリニュスにおいて

建設から500年以上たった今も

当時の美しい姿を留めている珍しい教会です











1812年・・

ロシアは攻め上がるナポレオンが

ヴィリニュスに入城した際

この教会を見て


我が手に収めてフランスに持ち帰りたい


と言わしめたと・・

隣接した鐘楼は

19世紀に建築されたものです


続く




バルト三国の旅・・(13)











聖ヨハネ教会

大学の構内にあります

旧市街で最も高い鐘楼(63m)を持つ教会です

1387年にリトアニアがキリスト教を受け入れて

すぐに建設が始められました

16世紀の終わりにイエズス会に与えられ

18世紀には大学の教会と・・

現在のバロック様式の教会は

1737年の火災のあと改築されたものです











内部には6つの礼拝堂があり

本堂の東側にある18世紀の祭壇は

「視覚的音楽」とも言われるくらい複雑で非常に美しく

観る者を一瞬で魅了します

一見すると一つのまとまった祭壇ですが

実際には10の独立した祭壇が組み合わさった

複合的な構造をしているバロック装飾の傑作です

この圧倒的な迫力を前にすれば

「音楽」にたとえられるのも納得・・











祭壇付近から振り返ると

青いパイプオルガン・・

ヴィリニュスで最も有名だそうです

ソビエト時代に破壊されその後修復・・










シャンデリアが素敵・・











この教会もソ連の占領初期には食庫として使われ

大きなダメージを受けました

後に科学思想博物館となり

今も大学に属していた著名学者の肖像画が飾られています











美しい祭壇です

下部の棺には 

殉教者聖ヴィンセントの遺物が入れられているそう・・


続く・・





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