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バルト三国の旅・・(16)




2018年5月22日(火) 雨のち晴れ


朝・目覚めると曇ってて

今にも雨が降ってきそうな空

朝食のレストランに向かう前に外にでると

パラパラと・・

今回の旅はじめての雨・・

長期予報では

数日は雨になる予報だったのでしかたない・・

8時・・ホテル出発

カウナスへ・・

約102km・・1時間30分のバス移動

途中雨が本降りになってきた

カウナスに入ると少し小ぶりに











9時31分

旧日本軍領事館であった杉原記念館

杉原記念館は

狭い道路を入った小高いところにある高級住宅街の中に・・

すでに日本のツアーが来ていて

狭い道路にバスを止めるのが大変・・

その頃には

雨はすっかり上がって・・













希望の門・・命のヴィザ・・

と書かれています

中に入るとまず杉原千畝の生涯をまとめた

15分ほどのビデオを鑑賞・・













杉原千畝が

1939年に領事館代理として赴任した時

ドイツではユダヤ人排斥の機運が高まっていました

1940年7月・・

朝6時という時間にも関わらず

領事館の門前に人だかりができていました

彼らはポーランドから逃れてきたユダヤ人・・













オランダ領の島やアメリカ大陸へ

ソ連を経由して行こうとしていた彼らは

日本の通過ビザを必要としていたのです

領事代理であった杉原は

ビザ発行許可を得るため日本本国へ打診したのですが

日独の協定があったため

ユダヤ人にビザを発行することは問題であったため

「否」と突き返されたそうです













当時の外交官執務室を再現した執務室


しかし

日々増えていくユダヤ人をみて

杉原は日本に背いてビザを発行する決断をしました


私を頼ってくる人々を無視するわけにはいかない

でなければ私は神に背くことに・・



その後約半月の間

彼は昼夜を分かたず

ペンが折れ

腕が動かなくなるまでビザを書き続けたのです













そのような中

リトアニアへのソ連の侵攻や

大使館の閉館通達といった緊迫した情勢となっていきました

杉原はベルリンに向かうことになったのですが

その列車の中でまでもビザを書き

窓から手渡したと言われています

発行されたビザの数も1600に及びました・・

これによって

実際に日本を経由し第三国に渡ることのできたユダヤ人は

ビザは1家族につき1枚あればよかったため

6000人を超えると伝えられています













イスラエル政府による

「諸国民の中の正義の人賞」を受賞した杉原氏は


外交官としては問題だったけれど間違ってはいなかった


とのコメントを残しています













カウナスの杉原記念館では

日本語のガイドブックや解説本を販売していました

また包装紙に杉原氏の写真が印刷された

板チョコレートを売っていました





いろいろ調べていましたら


こんな記事を・・


一部抜粋いたします



杉原千畝氏の息子さん杉原伸生氏・・


父に「なぜユダヤ人助けたの?」と聞いたことがあります

すると「かわいそうだから」その一言です

別に自分が英雄になろうと思って人を助けたとか

手を貸したとか、そういうことではなかったんです

ある日突然、ユダヤ人が20人、30人領事館の前に来て立っていた

「自分の家族はみんな殺されて、自分たちも殺される。どうにか助けてください

自分はよその国に逃れなければならないけれども

まずお金もビザも発給してくれない

今残っている方法はシベリア経由で日本に渡り

日本から他の国に逃げることだけです」

そこで父は外務省に何回も電報を打って聞きましたが

いつも条件を付けてきて

それから日本に保証人がいないといけない

その次に日本のビザを持ってなきゃいけない

それを全部持っている人なんて、もうとっくに逃げてますから

わざわざ父の所に来ないです

外務省は、無理難題を突きつけて、ビザを出せないようにしているわけです

そこで、もう自分の判断で2,139枚のビザを書いたんです

ですから本当に「かわいそうだから」の一言しかないんです

命がかわいそうだから助けてあげたんです

それで、自分がどうなるかと言うと、日本に帰ればクビになる

実際、父は1945年の終戦のあとにソ連に抑留されて

2年ぐらいシベリアに行きました

そのあと日本に帰り、外務省に呼ばれ

「お前わかってるだろう? なんで辞めてもらうか」

と退職をすすめられました

外務省は人員整理と言っていますけど

本当は「役人のいうことを聞かない人間は外務省ではやっていけない」

という理由なんです

自分が信じること、信念、正義を貫くことが杉原千畝です

非常に人間として頑固ですが、一度思ったことは必ずやり遂げる

一度言ったことは必ず守る

そういう昔のサムライというか古武士。そんな人間でした

イスラエル大使館から「杉原千畝という人を探しているから

ちょっと大使館まで来てくれ」と電話がありました

しかも、その人は父からビザをもらった家族の子供だったんです

その時のスタンプがあるので杉原千畝という人を探していた

でも、外務省に何回聞いてもそういう人はいないと言われ

やっと見つけたらしいです

当時、助けられた子どもですが、その人が外交官になり

東京のイスラエル大使館に務めるようになった

それで初めてその人から

私たちは何千人もいてポーランドから逃げてきたけど

他の家族もみんなナチに殺された

でも「この杉原さんのビザのおかげで命を救われた」と

そのことは僕も初めて聞きました

ですから、父や母から子供の時はそういう話は聞かされなかったです

一応外交官であることだけは聞いてましたけど。




私は2007年4月20日(金)~5月1日(火)

友人とクマさんと4人でポーランドへ行きました

その時

アウシュビッツやビルケナウで・・

人間ってここまで残虐非道になれるんだ・・

人間をゴミのように扱えるんだと

自分の目で見て感じてきました・・


その時のブログは・・ここ・・


ご興味のある方はご覧になってください・・




続く・・




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