FC2ブログ

奈良へ・・(12)




どんどんお天気が悪くなってきて・・

向かった先は











薬師寺

天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を願い

発願したのが始まりで藤原京に完成

平城遷都に伴い

養老2(718)年・現在地に移築されたと伝わっています

奈良移転当初は金堂・東西両塔・講堂・回廊が立ち並び

「竜宮造り」と呼ばれるほどの華麗さを誇ったこの寺も

16世紀に兵火に焼かれて灰となり

東塔(国宝)を残して創建時の姿を失い荒廃していましたが

昭和40年代からお写経納経による

勧進を全国で行い復興が始められました

現在はきらびやかな建物が並ぶ壮大な伽藍が

蘇りつつあります

雨は本降りになるし・・

修学旅行生とかち合ってしまうし・・

写真撮るのも見学するのも大変でした












大講堂

2003年に復興された

正面41m・奥行き20m・高さ17mという巨大な建物で

薬師寺の中では最大の建造物です

大講堂が金堂より大きいのは古代伽藍の通則で

これは南都仏教が数学を重んじ

講堂に大勢の学僧が参集して経典を講讃したためです






 
画像はおかりしています




大講堂の本尊には弥勒三尊像(重要文化財・白鳳時代)

後堂には仏足石・仏足跡歌碑(国宝・天平時代)が安置されています

仏足石の両脇に釈迦十大弟子も祀られています












西塔(画像左)

享禄元年に兵火で焼失し

昭和56(1981)年・白鳳時代の姿に復興

高さ約36m・・

高い基壇・反り上がった屋根など

東塔とは異なる箇所もあるようです

東塔は現在修復中で見ることはできませんでした


金堂(右上)

金堂は薬師寺縁起によると

二重二閣・五間四面・瓦葺の建物で

各層に裳階をつけた美しい堂で

竜宮造りと呼ばれています

享禄元(1528)年に焼け落ちてのち

豊臣家が仮のお堂を建てたのですが

同家の滅亡により約400年間

仮の金堂のまま時が過ぎました

昭和51(1976)年に復興された現在の金堂は

白鳳時代の様式を再現した壮麗な建物となっています








画像はお借りしています



薬師如来を中心に

向かって右が日光菩薩・左が月光菩薩

あわせて薬師三尊と言います

薬師如来は・東方浄瑠璃浄土の教主で

またの名を医王如来ともいい

私達の身と心の病気を救ってくださる仏様です

天平時代頃までの特徴で薬壺を持っていません

脇侍の日光・月光両菩薩様は

動きのある美しい姿で

理想的な写実美を完成した仏様ともいわれています











一度外へ出て

玄奘三蔵院へ・・

ちょうど玄奘三蔵院と大唐西域壁画公開中・・











玄奘三蔵院

経典を求めて17年間も旅をした

法相宗の始祖で「西遊記」のモデルとして有名な

玄奘三蔵の遺骨を守るお堂です







画像はお借りしています





伽藍内には長さ49mの

平山郁夫作「大唐西域壁画」も祀られています

「大唐西域壁画」は

平山画伯の30年に及ぶ取材旅行の集大成として

4千枚を超えるスケッチを基に

約20年かけて描かれた・・7場面・13壁面・・の超大作です











続く



スポンサーサイト

コメント

§

薬師寺の建造物は格式ありますね~
以前に旅した時に一番最初に行きました^^

またゆっくり見てみたい~♪

§ 世界遺産の薬師寺

 奈良は古都に逢える街ですね…世界遺産のお寺…その頃が漂う場所なんでしょうね…じっくり散策には生憎の天候の様でしたが騒がしくも無く帰って良い舞台背景に成ったのかも知れませんね(笑)♪

§ (○´∀`)ノ゙こんにちゎ★

shiokoさん

奈良・・
じっくり回ってみたい場所・・
京都に比べても
観光客が少なくて
時間を遡れる気がします

o(*^▽^*)o~♪

§ (○´∀`)ノ゙こんにちゎ★

ひでわくさん

奈良は京都みたいに観光客が多くなくて
とっても静かで素晴らしいところでした・・

あの空間に入ると
時空を超えるような気分に・・
特別な場所になりました

o(*^▽^*)o~♪

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

teapottok

Author:teapottok
生活も身体もスリムがいいなぁ・・
元気と笑顔が取り柄です・・

日本語→英語自動翻訳【星条旗】
English English得袋.com
黒ねこ時計 くろック E01
最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR