高野山へ・・(8)










中門(ちゅうもん)

金堂の正面手前の一段低い所に

そびえる五間二階の楼門です

壇上伽藍はかつて天保14年(1843年)の大火により

西塔のみを残して

ことごとく焼き尽くされました

先代の中門もその折に失われ

今日までなかなか再建叶わずにおりましたが

高野山開創1200年を記念して170年ぶりに

この度再建されました

持国天(じこくてん)像・多聞天(たもんてん)像

広目天(こうもくてん)像・増長天(ぞうちょうてん)像の

四天王がまつられています

なお

持国天像と多聞天(毘沙門天)像は

二天門であった先の中門に安置されていた像で

類焼をまぬがれてこの度保存修理が完成しました

広目天像・増長天像は

現代の大仏師松本明慶師の手により新造されたものです











広目天像

増長天に等しく

広目天は、持国天、多聞天、増長天と共に

四天王の一角として位置づけられています

「広目天」は

西の方角を守護する仏様としても有名です

「広目天像」は

目を大きく見開いています

耳で聞いても

その気迫がわかるように胸元にはセミをとまらせたそうです

厳しくも優しいお顔をした四天王像を拝観すると

清らかで落ち着いた気持ちになれると思います

この増長天像は

平安時代以前の彫刻師の作風では

手に筆を持って

逆の手にある巻物に何かを書こうとしている姿が多かったそうです

つまり

この高野山の中門の仁王像が

平安時代以前より伝わったものだとも言えます












増長天像

多聞天に等しく

増長天は

持国天、広目天と共に四天王の一角として位置づけられています

「増長天」は

南の方角を守護する仏様としても有名です

新規に作られた「増長天像」には

胸元にトンボがあります

これは

「断じて悪を通さない、後へは引かない」という意味で

前に飛ぶトンボで表したそうです

増長天が踏みつけているのは

邪鬼(邪気=悪い気)を踏みつけています











持国天像

持国天は、増長天、広目天、多聞天と共に

四天王の一角として位置づけられています

他にも

東の方角を守護する仏様としても有名です

安置される位置に関しては

通例では

御本堂の本尊に向かい、右手前に安置されます

持国天像のよく見かける姿は

革製の中国の唐の時代を連想させる

甲冑姿に刀剣を手に持っています











多聞天像

「多聞天像」は

上杉謙信の熱い信仰で有名な

「毘沙門天(びしゃもんてん)」の別名の仏様になります

したがって

「毘沙門天(びしゃもんてん)」のことです

多聞天は

北の方角を守護する仏様です

持国天に等しく

多聞天は

増長天、広目天と共に四天王の一角として位置づけられています

通常の姿形は

同じく唐の革製の胸当てに

左手に「宝塔」と右手には「鉾(ほこ)」を持った姿です

これは

悪い鬼(悪い心)を捉えて

改心させるとの由来があるそうです











そろそろ帰ろうかということで

パーキングまで移動

その間にも

気になるお寺がたくさん

meronちゃんにお別れを言うために

命のメッセージ展へ

meronちゃん

疲れてしまって宿坊へもどったあとでした

最後に

大伽藍でもとめたもの











クマさんは千手観音様

ノブは大日如来様

私は文殊菩薩様











帰りに立ち寄ったお店で

柿の葉ずし











鯖の柿の葉寿司・・

美味しかったぁ・・











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コメント

§ お守りに柿の葉寿司♪

 ちゃんとそれぞれに守護のお守り…柿の葉寿司、大阪方面の出張の帰りの新幹線…これお寿司と一缶…「ホッ」の時間を思い出しました(笑)…これ日帰りでしたよね(驚)♪

§ ((((o´ω`o)ノコンニチワァ♪

ひでわくさん

朝6時に出発して
帰宅は7時でした
日帰りだったけど
十分に楽しめました

σ(*´∀`*)ニコッ☆

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生活も身体もスリムがいいなぁ・・
元気と笑顔が取り柄です・・

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