バルト三国の旅・・(15)



聖アンナ教会をあとにしてバス移動です












車窓から丘の上に

3つの十字架が見えます











17時30分

夜明けの門・・

城外から見た夜明けの門

元来9つあった城門のうち

現在残っているのは夜明けの門だけです













夜明けの門の城外側のファサードには

リトアニアの紋章である白い騎馬像を中央に

ギリシャ神話に登場するグリフィンをモチーフとした

ルネサンス様式の装飾が施されています

リトアニアの紋章は今でこそ珍しいものではありませんが

ソ連時代にはここでしか見られなかったものです・・

城門らしく防衛に使われた5つの丸い銃眼が

いまだに残っています












夜明けの門は

ヴィリニュスに現存する旧市街の城門で

聖母マリアに捧げた美しい礼拝堂と祭壇を有しています・・

1993年には

ローマ法王ヨハネ・パウロ2世も祈りを捧げました

左に入り口があります












門の内部に入ってすぐのところに

十字架が・・

内部はカメラ禁止

階段を上がって行くと

小さな礼拝堂になっていて

一心に祈りを捧げている信者が

ここにある聖母のイコンは

奇跡を起こす力があると今も信じられています












正面の丸い窓から聖母のイコンが見えます











奇跡を起こす聖母のイコン

イコンは1363年にアルギルダス公が

クリミア半島に遠征したさい持ち帰ったものだといわれています

また別の説ではバルボラ妃をモデルにして

描かれたものだともされています

壁一面には治癒や幸福を願って捧げた銀細工が・・












バスに戻って夕食のレストランへ

画像の中に

座り込んだ男性の足が写ってるのわかりますか・・

手や足がなかったり

酷い皮膚病にかかったりした方が

あちこちにこうして座っているのを見かけました

ほとんどが男性だった・・











17時53分・・

レストラン・・BASILICO

まずは麦酒で


(≧∇≦)/□☆□\(≧∇≦ )カンパーイ!!


よく冷えてて美味しい・・


”(*>ω<)o"クーーッ


たっぷりのサラダ・サーモン・デザート

デザートは甘すぎず美味しいです

パンがない・・

何故か夕食にはパンがついてきません・・

それでもお腹いっぱいになる・・

カロリーが高いのかなぁ・・


















19時・・

ホテル・エコテル・ビィリニュス

お部屋は狭いけど清潔です

バスタブ付きのお風呂だし・・

でも・・でも・・

なんで???????

洗面所の鏡

高すぎて見えへん・・


うーん・・(〃 ̄ω ̄〃ゞ


踏み台が欲しい・・

このあと

ホテルから徒歩8分くらいのところにあるショッピングモールに

広い通りに出てまっすぐ・・

通り沿いにありました













Einkaufszentrum Europa

大きくて綺麗なモール・・

ブランドのお店もはいってました・・

中にあるスーパー目指して進みます

店内を


o(- ̄*o))))...ウロウロ...((((o* ̄-)o


何が欲しいということもなく

地元の食材を見て回る・・

これが楽しい・・

チョコレートもたくさん並んでいましたが

連日の暑さ・・

とけるのを懸念して最後にすることに

物価は平均してお安いかな・・

お野菜や果物はキロいくらの量り売りで

ほしいだけ袋に入れてレジへ・・

今日・歩いた距離・・11キロ

15700歩・・


続く・・



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バルト三国の旅・・(14)











聖ヨハネ教会に別れを告げて

移動です











歩いてるだけでワクワク・・

路地を覗いてみたり

ちょこっと入ってみたり・・











ここで

40分のフリータイム・・

お天気が良くて日があたるところにいると


ε-(´o`;A アチィ


日陰に入るとひんやりして気持ちいい・・

アイスをゲットして・・

クマさん一休み・・











レンタサイクルもカラフルで可愛いね・・

この街の石畳・・

リガより歩きやすかった・・

あまり凸凹してないでしょ・・











フリータイムはあっという間

さあ・・

歩くよぉ・・

見えてきたのは・・











右側に写ってる赤レンガの教会は

ベルナルディン教会

今回はベルナルディン教会の見学はなし・・











聖アンナ教会

15世紀末に建てられた後期ゴシック様式の教会です

建設には33種類もの異なった形のレンガが使われていて

炎のような躍動感あふれる外観は

フランボワイアン(火焔式)ゴシック建築の傑作と・・

長い歴史の中で破壊と再建が繰り返されたヴィリニュスにおいて

建設から500年以上たった今も

当時の美しい姿を留めている珍しい教会です











1812年・・

ロシアは攻め上がるナポレオンが

ヴィリニュスに入城した際

この教会を見て


我が手に収めてフランスに持ち帰りたい


と言わしめたと・・

隣接した鐘楼は

19世紀に建築されたものです


続く




バルト三国の旅・・(13)











聖ヨハネ教会

大学の構内にあります

旧市街で最も高い鐘楼(63m)を持つ教会です

1387年にリトアニアがキリスト教を受け入れて

すぐに建設が始められました

16世紀の終わりにイエズス会に与えられ

18世紀には大学の教会と・・

現在のバロック様式の教会は

1737年の火災のあと改築されたものです











内部には6つの礼拝堂があり

本堂の東側にある18世紀の祭壇は

「視覚的音楽」とも言われるくらい複雑で非常に美しく

観る者を一瞬で魅了します

一見すると一つのまとまった祭壇ですが

実際には10の独立した祭壇が組み合わさった

複合的な構造をしているバロック装飾の傑作です

この圧倒的な迫力を前にすれば

「音楽」にたとえられるのも納得・・











祭壇付近から振り返ると

青いパイプオルガン・・

ヴィリニュスで最も有名だそうです

ソビエト時代に破壊されその後修復・・










シャンデリアが素敵・・











この教会もソ連の占領初期には食庫として使われ

大きなダメージを受けました

後に科学思想博物館となり

今も大学に属していた著名学者の肖像画が飾られています











美しい祭壇です

下部の棺には 

殉教者聖ヴィンセントの遺物が入れられているそう・・


続く・・





バルト三国の旅・・(12)











大聖堂をあとにして

どんどん歩くと

見えてきました











大統領官邸

16世紀頃はヴィリニュス司教の住居でした

18世紀にロシア帝国に支配されたときに

ヴィリニュス総督の住居となり

ロシア皇帝アレクサンドル1世やフランス王ルイ18世・・

ナポレオンなどがこの宮殿に訪問したと言われています

1997年に改装され

それ以降はリトアニア大統領の官邸となっています

リトアニア国旗にEU旗

一番上はリトアニア紋章旗で

大統領が執務で滞在中のときは掲げられているようです

この日は滞在中のようです

ちなみに大統領は女性・・

更に移動して











ヴィリニュス大学

リトアニアの国立大学で1579年に設置されました

この地方ではクラクフのヤギェウォ大学

ケーニヒスベルクの大学に次いで創立された

最も古い大学の一つで

それに対抗してイエズス会が招かれました

彼らによって1570年に高等学校が設けられ

1579年に大学へと

帝政ロシア時代には抵抗運動の根拠地となったため

88年間閉鎖されたことも











大学通りの入り口から入って最初の中庭

サルビエヴィユスの中庭はこの大学の表通り

大学の書店も・・












大学の書店

中に入るとビックリ! 

ここが大学構内にある本屋「LITTERA」です

中に入り上を見上げると

美しいフラスコ画に思わず声が


オォォ♪((*゚゚∀゚゚*))













一見すると昔からありそうなフラスコ画ですが

描かれたのは意外と新しく1978年のこと

リトアニア人の画家、Antanas Kmieliauskasの作品です

ちょっとしたお土産もおいてました・・












大学構内の見どころの一つが

言語学部の講堂の2階ホールにあるフレスコ画です











「四季」と題された

壁から天井まで覆われた不思議なフレスコ画・・












四季はヴィリニュスがキリスト教化される以前の

自然崇拝時代の生活を描いた素晴らしいものです












命の木・・

命の木だけがモノトーン












壁から天井までを覆う見事な作品に

圧倒されます・・


続く・・





バルト三国の旅・・(11)











大聖堂

車窓からだから色がいまいちですね・・

大聖堂のあるカテドゥロス広場











ヴィリニュスの中心に立ち

ヴィリニュスのシンボルともされる主教座教会です

もともとこの場所には雷(ペルクーナス)を祀る神殿が・・

最初の教会は13世紀に十字軍騎士団の圧力から逃れるため

キリスト教を受け入れたミンダウガス王によって

建てられました

ミンダウガス王は智勇に優れた名君でしたが

猜疑心が強い一面があり

その反動から一族や重臣を粛清することも少なくなかったようで

その恨みにより1263年・暗殺され・・

この場所も自然崇拝の聖地に戻されました

しかし1387年にヨガイラ公によって

リトアニアは再びキリスト教化され教会が建て直されました

後に大聖堂の地下から最初の教会跡が発見されましたが

ロマネスク様式だったそうです

15世紀の火災後

リトアニアを最盛期に導いたヴィタウタス公が改築し

以降・歴代の大公の戴冠式がここで行われていたようです

旧下の城(大公居館)と大聖堂とは

屋根つき廊下でつながっていたそうです

大鐘楼は

当時の下の城の城郭の跡に建てられています

大聖堂はその後も王家の力で改築が繰り返され

その時代に応じて

ルネッサンス様式・・バロック様式と・・

現在の6本のドーリア式円柱をもつクラシック様式の建築は

18世紀の大改築によるものです













正面の屋根にある

聖スタニスラウス・聖ヘレン・聖カジミエルの3聖人の像は

ソビエト時代の1950年に撤去されましたが

市民の強い要望により1996年に再び設置されました

教会前の広場にあるプレート(右下画像)

中心に踵だけを付けてくるりと3度回ると願いが叶うそうです

この足型(左下画像)は

1989年8月23日に独立運動の一環として実施された

「人間の鎖」の起点になった場所で・・

バルト3国の人口の半分がこの運動に参加し

この石からエストニアの首都タリン(約600キロ)まで

200万人の「人間の鎖」がつながったのだそうです

この運動が世界で取り上げられ

国際社会で知られるところとなり

1991年に3国ともに独立・・

人の力って凄い!

声を上げなきゃ何も変わらない・・んだよね・・













壮麗な古典主義様式の建築で・・

側廊との間にたつ清楚な柱には12使徒の絵が飾られています

このほか大聖堂側廊にはイタリア画家の絵が数多く展示されています













中央祭壇の柱はドリス式の大理石で

ファサードの柱と同じ姿です

また祭壇画は「聖スタニシラスの死」で作家は側廊柱の絵と同様

プランティクス・スムグレーヴィチェス

これらは

18世紀末の美術気風を反映したもので

西ヨーロッパに劣らぬすばらしいもの・・













祭壇を背にすると

パイプオルガンをみることができます

息をのむ美しさ・・













正面彫刻は

「隣人の愛」と名づけられたリッジの作品

クマさん必死でメモをとってくれてますね

ありがと・・













聖カジミエル礼拝堂

大聖堂の中には11のチャペルがあります

その中のひとつが聖カジミエルのチャペル・・

リトアニアの守護聖人となった

カジミエラス王子(1458~1484)が安置された

17世紀バロック様式の聖カジミエルの礼拝所です

母親はハプスブルグ家の

神聖ローマ帝国アルベルト2世の娘エリザベータ













大理石と砂岩で造られ

壁画は8体の王の像・漆喰彫刻・・

フレスコ画などで飾られています













正面に置かれた聖カジミエルの聖画・・

銀製の枠で飾られた聖カジミエルの絵には

3本の手を見ることができます

これを作った画家は現れた3本目の手を消そうと

絵の具で塗りつぶしました

しかし

少し経つと再び3本目の手が現れるのだとか

消しては現れ・消しては現れる手を

奇跡だと思った画家はそのまま残すことにしたそうです

柱にはいろいろなものが貼ってます

足が悪かった人がお祈りをして治ったことを感謝して付けたと・・













ちなみに

右手が2本・左手が1本です・・

右手の横にもう一つあるのがわかりますか・・













側面左側の絵画は

120年後に棺を開けた際に遺体に変化がなかったという

聖カジミエルの奇跡を描いたものです













側面右側の壁画は

聖人の棺のそばで少女スウラが死から蘇るという

奇跡が描かれています













この礼拝堂の4隅に

ピンク大理石のニッチ(壁を凹ませて彫像などを入れる場所)が作られ

中にはリトアニア大公とポーランド王(リトアニア・ポーランド共同国時代)の

8体の木彫の銀鍍金像が置いてます













ドーム天井

このような丸天井をクーポラといいます

四角な礼拝堂の上に8角形化粧リブで支えられ

窓の間の化粧漆喰の装飾が白く明るいため

少々暗めで重厚な感じの堂内を和らげる役割を果たしています

クーポラの下の扉上部に特別席があり

リトアニア大公とポーランド王は

大聖堂の裏側にあった下の城から屋根つきのパサージュを歩いて

大聖堂まで来て特別席で説教を聴いていたそうです・・













大聖堂の地下には墓室があり

見学できたようですが

時間がなかったからでしょうか・・

ガイドさんからの案内はありませんでした

見たかったぁ・・

残念・・













大聖堂広場には53mの高さの鐘楼があります

かつては「下の城」と呼ばれる王宮の防衛塔だったものが

1522年に鐘楼に改築され

2006〜2008年に修復されています

土台部分は13世紀の城壁の塔がつかわれています

その上に八角形の3階建ての塔が乗っています・・

下の二段がバロック様式・上の一段が古典主義様式で

ヴィリニュスで最も古い建造物のひとつです

カテドゥロス広場全体にもこの城壁の基礎部分が残っています













現在は城跡は残っていませんが

塀がめぐらされていた跡が敷石の色の違いで

城壁があったところが確認できます・・

わかりますか色の違い・・


続く・・





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元気と笑顔が取り柄です・・

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