本当に目的はこっち・・



さて

御津の梅園を楽しんだあとは

本当の目的地へ

梅園から更に西に


ε=ε=ヘ(;゜∇゜)ノ ゴーゴー♪










網元の津田宇水産さん


3月7日に解禁になった

いかなご・・

TVでは1キロあたり4000円と・・


......\( ><)シぎょぇぇぇ











お昼を回っていたけど

少し残っていました

キロあたり3000円だそうです

高すぎて・・

買えません


・・・(;´Д`)ウウッ…


去年も漁獲量が少なかったけど

解禁日で・・キロ・・2000円・・

徐々に下がってきてキロ・1000円まで

下がったときに少しだけ買った

今年もそのくらいまで下がってくれると

買えるけど・・

キロ・2000円でも


ムリ...((o(。;ω;。)o))ムリ...


昨日だったら2200円だったのにって

お姉さんが・・

それでも私には無理やなぁ・・

数年前はキロ・・600円~800円くらいで売ってたのにぃ・・

庶民の味方やった・・

今は・・今は・・

手が届かない高級品












漁獲量が少ないって言ってたけど

それでも高すぎやん!











(゜O゜;アッ!


新子・・(いかなごを湯がいたもの)発見!

これは

地元の人間だけの贅沢・・

地方発送してません・・

鮮度が1番のお品です














こうして冷やしてから

パック詰めにします

スーパーで売ってるパック4つ分で1600円

1個・400円・・

それなら良いなと

こっちを買ってきました













殻付きの牡蠣

キロ・900円です・・

本当は殻付き買おうと思ったけど

最近・

真面目だけが取り柄だったノブ・・

弾けてます

食事お家で食べません・・

帰宅は毎日11時を回って・・

で・・

むき身・・買ってきました

大粒が10粒入って600円

スーパーより断然安い・・

しかもとれたてで超新鮮・・













牡蠣は

オイスターソース炒めにして











新子は

クマさんが好きな食べ方

酢とお砂糖で・・

これが

めっちゃ


ヾ(@⌒¬⌒@)ノ ウマヒィ


ポン酢でも美味しいよ・・

でもでも

地元の人だけの楽しみ・・

こっちに来る用事があったときは

是非・・食べてみて・・

しらすとは似て非なるもの

全く別物・・


o(*^▽^*)o~♪








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ちょっとひとっ走り・・




昨日の朝は冷え込んでいましたね

それでも

お日様が出始めたので

クマさんを誘って室津まで

その前に

御津の梅園にも立ち寄って











白鳥が出迎えてくれて











登っていくと

菜の花畑が広がって・・

かなり霞んでて

残念!











向こうに海が見えるんだけど

うまく写ってないね











入園料・・大人500円で

甘酒か梅ジュースいただけます

しょうがの効いた

甘酒をいただきました・・













お天気が良ければ

こんな風に見えるんだけど













霞んでて見えないねぇ・・












梅もまだ少し早かった











ここは

白梅のほうが多かったな・・












入り口のところで

クローバーの蜂蜜を売ってました

ここで

ミツバチ飼ってるんだね・・

登っていると

汗ばんできた・・

ぐるっと回ると


(゜O゜;アッ!


駅そば発見












まねき食品の駅そば













お蕎麦のお出汁にお蕎麦でなく

中華麺が入ってる駅そば

姫路に来て初めて食べたときは

衝撃だったなぁ・・

わかりますか?

黄色い中華麺が入ってるでしょ

これが・・

不思議だけど美味しいの・・











お地蔵様

ホッコリするお顔


クゥ~((о(*>ω<)о))キャヮユィッ★













揚げかまぼこを食べながら

パーキングへ

観光客が

次々と登ってきます

車のナンバーを見ると

結構遠くからやってきています・・

我が家からは

車で15分

近いからいつでも行けると

ここに住んで30年以上になるのに

始めてきた・・

息子たちが小学生の頃

「歩こう会」で毎年歩いて梅園まで

クマさんが一緒に行ってくれてたな

上級生になると息子たちだけで

下級生の面倒を見ながら参加してた

私は日曜は休めなくて仕事だったわ

懐かしい話しです

今年の「歩こう会」

3月20日って回覧板が回っていました・・




o(*^▽^*)o~♪








高野山へ・・(8)










中門(ちゅうもん)

金堂の正面手前の一段低い所に

そびえる五間二階の楼門です

壇上伽藍はかつて天保14年(1843年)の大火により

西塔のみを残して

ことごとく焼き尽くされました

先代の中門もその折に失われ

今日までなかなか再建叶わずにおりましたが

高野山開創1200年を記念して170年ぶりに

この度再建されました

持国天(じこくてん)像・多聞天(たもんてん)像

広目天(こうもくてん)像・増長天(ぞうちょうてん)像の

四天王がまつられています

なお

持国天像と多聞天(毘沙門天)像は

二天門であった先の中門に安置されていた像で

類焼をまぬがれてこの度保存修理が完成しました

広目天像・増長天像は

現代の大仏師松本明慶師の手により新造されたものです











広目天像

増長天に等しく

広目天は、持国天、多聞天、増長天と共に

四天王の一角として位置づけられています

「広目天」は

西の方角を守護する仏様としても有名です

「広目天像」は

目を大きく見開いています

耳で聞いても

その気迫がわかるように胸元にはセミをとまらせたそうです

厳しくも優しいお顔をした四天王像を拝観すると

清らかで落ち着いた気持ちになれると思います

この増長天像は

平安時代以前の彫刻師の作風では

手に筆を持って

逆の手にある巻物に何かを書こうとしている姿が多かったそうです

つまり

この高野山の中門の仁王像が

平安時代以前より伝わったものだとも言えます












増長天像

多聞天に等しく

増長天は

持国天、広目天と共に四天王の一角として位置づけられています

「増長天」は

南の方角を守護する仏様としても有名です

新規に作られた「増長天像」には

胸元にトンボがあります

これは

「断じて悪を通さない、後へは引かない」という意味で

前に飛ぶトンボで表したそうです

増長天が踏みつけているのは

邪鬼(邪気=悪い気)を踏みつけています











持国天像

持国天は、増長天、広目天、多聞天と共に

四天王の一角として位置づけられています

他にも

東の方角を守護する仏様としても有名です

安置される位置に関しては

通例では

御本堂の本尊に向かい、右手前に安置されます

持国天像のよく見かける姿は

革製の中国の唐の時代を連想させる

甲冑姿に刀剣を手に持っています











多聞天像

「多聞天像」は

上杉謙信の熱い信仰で有名な

「毘沙門天(びしゃもんてん)」の別名の仏様になります

したがって

「毘沙門天(びしゃもんてん)」のことです

多聞天は

北の方角を守護する仏様です

持国天に等しく

多聞天は

増長天、広目天と共に四天王の一角として位置づけられています

通常の姿形は

同じく唐の革製の胸当てに

左手に「宝塔」と右手には「鉾(ほこ)」を持った姿です

これは

悪い鬼(悪い心)を捉えて

改心させるとの由来があるそうです











そろそろ帰ろうかということで

パーキングまで移動

その間にも

気になるお寺がたくさん

meronちゃんにお別れを言うために

命のメッセージ展へ

meronちゃん

疲れてしまって宿坊へもどったあとでした

最後に

大伽藍でもとめたもの











クマさんは千手観音様

ノブは大日如来様

私は文殊菩薩様











帰りに立ち寄ったお店で

柿の葉ずし











鯖の柿の葉寿司・・

美味しかったぁ・・











高野山へ・・(7)




高野山には大明神様もいらっしゃいます











高野大明神(こうやだいみょうじん)

高野明神は

白黒の二匹の犬を連れ狩人の姿で

弘法大師を高野山に導いたと言われています

丹生明神(にゅうみょうじん)は

高野明神の母神様です

丹生明神さまは

イザナミノミコトの娘で

天照大神さまの妹神だそうです












立派な狛犬が守っていました











吽形の狛犬は

角が省略されていない古いタイプの狛犬です











六角経蔵(ろっかくきょうぞう)

鳥羽法皇の皇后であった美福門院が

鳥羽法皇の菩提を弔うため

紺紙に金泥(きんでい)で浄写された

一切経を納めるために建立された経蔵です

この紺紙金泥一切経は

美福門院がその持費として

紀州荒川(現在の那賀郡桃山町付近)の庄を寄進された事に由来して

荒川経とも呼ばれるようになりました

したがって

この六角経蔵は、別名「荒川経蔵」といいます

現在の建物は昭和9年(1934年)2月に再建されました

経蔵の基壇(きだん)付近のところに把手がついており

回すことができるようになっています

この部分は回転するようにできており

一回りすれば一切経を一通り読誦した功徳が得るといわれています

この経蔵に納められた紺紙金泥一切経は

重要文化財として霊宝館に収蔵されています











金堂(こんどう)

高野山御開創当時

お大師さまの手により御社に次いで最初期に建設されたお堂

講堂と呼ばれていました

平安時代半ばから

高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました

現在の建物は7度目の再建で

昭和7年(1932年)に完成しました

梁間23.8メートル、桁行30メートル、高さ23.73メートル

入母屋造りですが

関西近代建築の父といわれる武田五一博士の手によって

耐震耐火を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート構造で設計、建立されました

内部の壁画は岡倉天心に師事し

日本美術院の発展に貢献した木村武山(ぶざん)画伯の筆によって

「釈迦成道驚覚開示(しゃかじょうどうきょうがくかいじ)の図」や

「八供養菩薩像(はっくようぼさつぞう)」が整えられました

本尊の阿閦如来(薬師如来、秘仏)は

洋彫刻の写実主義に関心をよせ

江戸時代までの木彫技術に写実主義を取り入れて

木彫を近代化することに貢献された

高村光雲仏師によって造立されました


続く










高野山へ・・(6)




奥の院をたんのうしたあと

来た道を戻って

根本道場・・大伽藍へ











金剛峯寺を通り抜け

更に進むと二股にわかれています

そこを左へ・・











壇上伽藍(だんじょうがらん)

壇上伽藍は弘法大師(空海)が

高野山で最初に開かれた場所と伝えられている所で

弘法大師御廟(ごびょう)のある奥の院と並ぶ高野山の聖地です











壇上伽藍には

高野山の総本堂になる

『金堂』や国宝『不動堂』など多数のお堂が立ち並ぶ荘厳なところで

真言宗の重要な法会のほとんどが行われています












お経を読む声が聞こえてきます

心に染み入るようなお経

どこから聞こえるのかと

見回すと

御坊様が数人・・

綺麗に並んであげていました











御坊様がこちらに向かって歩いてこられます

皆さんは

声明(しょうみょう)をご存知でしょうか

「聲明」とも書きますが

これは節をつけて

音楽のようにお経を歌い上げる無伴奏の仏教声楽のことなのです














各宗派や地域ごとに様々な流派がありますが

その中でも高野山に伝わるのは

南山進流声明です

あとで

meronちゃんにきいたのですが

この場面に出会ったのは幸運だったようです

御坊様の歌うような聲明が

胸のおくまでしみ込んで

思わず頭を下げていた私です












壇上伽藍-金堂(こんどう)

金堂は高野山が開かれた当時は講堂と呼ばれていました

平安時代半ばから

高野山の総本堂として

とても重要な役割のある建物です

現在の金堂は7度目の再建で昭和7(1932)年に完成しました










壇上伽藍-根本大塔(だんじょうがらん - こんぽんだいとう)

お大師さま、真然大徳(しんぜんだいとく)と

二代を費やして816年から887年ごろに完成したと伝えられます

お大師さまは

この大塔を法界体性塔とも呼ばれ

真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたので古来

根本大塔(こんぽんだいとう)と呼んでいます

多宝塔様式としては日本最初のものといわれ

本尊は胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏(しぶつ)が取り囲み

16本の柱には堂本印象画伯の筆による十六大菩薩(じゅうろくだいぼさつ)

四隅の壁には密教を伝えた八祖(はっそ)像が描かれ

堂内そのものが立体の曼荼羅(まんだら)として構成されています










三鈷の松(さんこのまつ)

金堂と御影堂の中間に瑞垣で囲まれた松の木があります

この松の木にこのようなエピソードが残っています

弘法大師が唐より帰国される折

明州の浜より真言密教をひろめるにふさわしい場所を求めるため

日本へ向けて三鈷杵(さんこしょう)と呼ばれる法具を投げたところ

たちまち紫雲(しうん)たなびき

雲に乗って日本へ向けて飛んで行きました

後にお大師さまが高野近辺に訪れたところ

狩人から夜な夜な光を放つ松があるとのこと

早速その松へ行ってみると

そこには唐より投げた三鈷杵が引っかかっており

お大師さまは

この地こそ密教をひろめるにふさわしい土地であると決心されたそうです












その松は三鈷杵と同じく

三葉の松であり、「三鈷の松」としてまつられるようになりました

現在では参詣者の方々が

縁起物として松の葉の落ち葉を持ち帰り

お守りとして大切にされています

しばらく

三葉の松をさがしてみたのですが

どうにも探せませんでした

ビルマ戦没者供養塔(成福院摩尼宝塔)で

頂いてきてて正解でした

そこで

重軽の石を持ち上げたときに

一緒になった

奥様方とまた出会って・・

頂いていた

三葉の松を見せてあげると

どこにあったの???と聞かれて

お教えしたのでした・・


(´∀`*)ウフフ







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